徳川一族の話題を中心に江戸時代のおもしろ出来事などを 紹介していきます。
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松

有名な松の廊下跡です。

今は何もありませんが。

夏に江戸城の旅をしてみませんか?

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再来年の大河ドラマに、2代将軍徳川秀忠の正室 お江与の方が主役になるそうです。

これまで、あまり話題にならなかった。

というより、姉の淀君のほうがいろんな意味で話題だったから。

そして、秀忠もあまり話題にならない。

父が家康。

息子が家光と2人に囲まれていたため、あまり話題になることも
少なかった。

そこで、今回はこの秀忠に注目してみた。

この秀忠にライバルがいた。

それは、弟の忠輝。

秀忠の身に何かあったら、将軍候補として見られていた。

しかし、大坂の陣での活躍がなかった。

しかも、秀忠の家来を斬ったということもあり
家康の怒りを買い、あちこちに飛ばされた不運な人。

家康だけでなく、秀忠にもうとまれていたと
おもわれ、約70年も浪人生活を送っていたことになる。

兄は将軍。

その他の兄弟は、御三家を設立など
華々しさに比べると、あまりにも厳しい人生だった。



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久保山砦

ここは、小牧長久手の戦いのとき秀吉方の砦として築かれた。

秀吉方の武将 丹羽長秀が守ったといわれている。

戦いの後は、秀吉自ら来たといわれる。

このあたりは、小牧長久手の戦いにおいて膠着状態に
あった時期のもの。

このあと、場所を三河方面に移して本格的なものになる。

標高が高いので、家康のいる小牧山城がよく見えただろうけど
木が邪魔してほとんど見えなかった、

久保山砦



前回、大名行列は江戸城の登城の際にどうしたのか?

という話をした。

今回は続き。

実際に各大名が一斉に大手門に集まったら大変である。

なので、江戸城の32ある門に分かれて入ったらしい。

その門乃前の堀を渡る橋で、3分の1に人数を減らして
門をくぐる。

残されたものは、橋の前の広場で殿様が帰るまで
休憩となる。

残り3分の一で、外堀の内堀に入り
大手門に到着。

ここで、殿様は家来を1りだけつれて
門の中に入ることになる。

門をくぐると、家来は玄関まで。

中には殿様1人になってしまう。

大名行列も大変である。




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大名行列は長いというイメージがある。

実際長かったらしい。

しかし、あの長い大名行列だが、江戸城に登城するときはどうしたのか。

正月になると、各大名は将軍に挨拶することになっている。

全員そろってである。

全員といっても、何人いるかは各時代によって違うが、
軽く50人は超えているだろう。

大名は1人だが、行列は何十人といる。

あの人たちは、どうしているのか?

江戸城のどこに入るのか?

あれだけの人数を入れる部屋があるのか?

時代劇も、そのあたり詳しく描いているものはないだろう。

みんな、同時刻に集まるのだから、大手門は大渋滞?

実は、そこに秘密があった。

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